□Teddy bear
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「スモーカーちゃーん」

ピンクのど派手な羽のコートを着た男は、阿呆みたいに大きなテディベアを腕にやってきた。
ここはオレの執務室。
姿を確認し、すぐに扉を閉めようとしたが、一足遅かった。
ドアの間に足を滑り込まされ、閉められなくなった。

「てめぇ…!!」
「そんな敵視すんなって。別に何もしねぇよ」

「……今日は、な」

フッフッフッ、と独特な笑い声をあげた男はのしのしと巨体を揺らし、応接用のソファに座り込む。
比較的大きく作られたそれも、こいつが座ると小さく見える。
大きくため息をつけば、ニヤニヤ笑いを浮かべた男がテディベアの手を振る。

「スモーカーちゃん、遊ぼうよー」

常よりも可愛らしい声を出し、テディベアになりきる男。
ふりふりと柔らかそうな手が揺れる。
無視をすることも出来るが、後を考えるとそれも面倒だった。
仕方無く、一つため息をついてからテディベアの手に触れる。
それは思っていたよりも触り心地がよかった。
あまりぬいぐるみなどに詳しくないオレが触っても思うのだ。
笑えないほど高級な品だろう事が容易に想像できた。

「…どうしたんだ、これ」
「んー、お前に似てるから買っちった。ちなみにお前のはそっち」
「?」

そっち、と示された方に目を向ければ、いつ準備したのか、オレの机の上にピンク色の羽のコートを羽織ったテディベアが。
もちろん悪趣味なサングラスまでかけていた。

「いいだろ、それ。これで離れてても寂しくないだろ?」
「…もっと違うもんがあっただろ」

テディベアを抱きしめる男を見て、頭痛がした。
少しだけ自分がテディベアを抱きしめる姿を想像し、さらに頭が痛くなった。
…笑えないほど痛々しい。

「違うもん? 例えばなんだよ? 何が欲しいんだ?」

テディベアを抱きしめたまま、興味津々な様子で男は言葉を連ねる。
普段から饒舌な男だが、今日は機嫌が良いらしい。
普段から張り付けたような嫌みな笑みではなく、自然と口元が緩んでいるのがわかった。
そして、それがわかってしまった自分に嫌悪した。
自然と眉間に力が入る。

「フッフッフ。浮かばねぇんだろ。お前は欲がねぇからな。だから、それやるよ。お揃いだぜ」

男はそういうと、抱きしめていたテディベアを持ち上げ、口のところにキスをする。
ちゅっと可愛らしい音がして、オレは思わず恥ずかしい気持ちになった。
ふいと男から目をそらせば、顔の目の前にテディベア。

「ほら、お前も」

ちゅー、と無理やりキスをさせられて、男を睨みつければ、楽しげに笑みを返された。

「何しやがる」
「あ、間違えた」

男は立ち上がると、机の上に置いてある男によく似たテディベアの口にキスをし、オレに渡した。
どういう意図か計りかねていると、にんまりと口角を上げた男は今度はオレに直接キスをしてくる。
“ちゅっ”とリップ音が響く。
思わず口元を隠せば、男は声を上げて笑った。

「フッフッフ! お前は本当に恥ずかしがり屋だよなァ?」
「うるせぇ!」
「ま、そこが可愛いんだけど。そうそう。寂しくなったら、そいつにキスしろよ?」
「しねぇよ!」
「そんな大声で否定しなくてもいいじゃねぇか。てかよ、一回、オレの名前呼んで」

なんでそんなことを、と抗議する前に、男が人差し指でオレの唇に触れる。
噛みついてやろうかとも思ったが、珍しく真摯な雰囲気を保つ男のせいか、それも出来ない。
仕方なく、男の指をはずし、口を開く。
目を見るのは恥ずかしいから、顔を背向けたが。

「………ミンゴ」
「聞こえねぇよ、スモーカーちゃん」
「ッ、ドフラミンゴ!」
「フッフッフ! 本来ならもっと甘い声で呼ばれたいもんだが…今日はこれで許してやるよ」

良くできました。そう言って男はオレを抱きしめる。
ポンポンと頭を撫でられ羞恥に顔に血がのぼる。
それを知ってか知らずか、男は鼻歌を歌いながら、頭を撫で続けた。

「もういいだろ。離せ」
「んー…もうちっと大人しくしとけよ。覚えるから」
「あ?」
「いやなー、少し忙しくなるからスモーカーちゃんに会いに来れなくなるんだよ。まァ、隙を見て来るつもりだけど。だからな、色々覚えとこうと思ったんだ」

匂いとか、感触とか、声とか、表情とか。
男は歌うようにそういうと、簡単にオレから離れた。
いつもはベタベタ鬱陶しいぐらいくっついて離れないくせに、今日は潔すぎる。
べたべたされることがあまり好きではないから有り難いのだが…。
あまりにもすんなりし過ぎていて、何故だが少しばかり寂しい気持ちになった。
思わず無くなった温もりに手が伸びる。

「…? どったの、スモーカーちゃん」
「………そんなんで、足りんのか」
「!」
「今日だけなら…妥協してやらないことも」

オレが言葉を言い終わらない内に、強い力で抱きしめられる。
そして、熱のこもった甘い声で名前を呼ばれた。

「スモーカー」

いつものふざけた声色ではないそれにドキリとする。
それを見透かすように、男は再度オレの名を呼ぶと、人差し指でオレの顎を掬い、唇を重ねてくる。
熱い舌が閉じていた唇をこじ開け入り込んでくる。
キスは嫌いだった。
今だって好きでもない奴とは絶対にしたくないと思っている。
こいつは海賊。嫌いな、はずなのに…。

「んっ…」

熱い舌、溶ける思考。
ダメだという理性が気持ちいいという欲に負ける。
与えられる熱をもっと貪ろうと男に手を伸ばせば、さらに力強く抱きしめられ、口付けが深くなる。

(会えなくなるのか…)

溶けた思考は、本心を理論武装せず、そのままの気持ちを吐き出す。
海賊なんて嫌いだけど、こいつは…。

(海賊はどこまで行っても海賊だ。だけど………)

(会えなくなるのは…………寂しい)

息苦しさと切なさとがぐるぐると混ざり合い、視界がゆがむ。
何も考えたくなくて目をつむれば、熱い何かが頬を伝った。








☆☆☆☆☆








『…隙を見て来るとか言って、来ねぇじゃねぇか…』

ぽつりとこぼれた声はふてくされた子供のようで、常の彼とはまるで違う。
届く音声にボンボンと鈍い音が混じる。
どうやらテディベアを叩いているようだ。

「フッフッフ! 可愛いなァ、スモーカーちゃんは…」

渡したテディベアに盗聴機を仕込んだことは気付かれていないらしい。
バレたが最後、機械はすぐに木っ端微塵だろう。
勘の鋭いスモーカーが全く気付かないとは…。
そもそも捨てずにそばに置いているという事は、彼がそれだけ心を許してくれていると思っても良いのではないだろうか。
そう思うと自然と口角があがる。

「早く会いてぇな。目一杯、可愛がってやるからな…」

そっとテディベアにキスをする。
そのとき、耳に届く音声にも“ちゅっ”と可愛らしい音が混じる。
きっと眉間に皺を寄せつつ、顔を赤らめながら、キスをしたのであろう。
そう思うとどうしようもなく愛おしさが込み上げて来る。

「好きだぜ、スモーカー」

次は音声だけじゃなく、映像も取れるようにしようと心に決めて、再度テディベアにキスをした。

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