みじかいの
□シークレットエモーション
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「***ちゃん、今日はほんと賑やかねえ」
「ごめんなさい、おばさん」
何度目かわからない乾杯の声を聞きながら厨房から覗いたおばさんに謝る。
いいのよ賑やかなの大好きだから、って笑って使い終わったお皿を下げてくれている。
そのお手伝いをしつつ、賑やかなその輪の中に入っていって少しの間会話を楽しむ。
「ここの料理すげえ美味い!いいとこだな!」
ありがとう、なんて自分の店であるかのように答えながら周りのお酒の注文をとる。
今日は小さな居酒屋を貸し切って中学の同窓会。25歳になる今年はみんなの節目の年だ。
当時の学級委員であったわたしは幹事を任され、よくお世話になっているここを会場に決めた。
「***も手伝ってばかりいないで飲みなよ!」
「わたしお酒弱いからいいんだ、みんないっぱい飲んで?」
成人して5年経つというのにお酒に弱いわたしは未だにお酒の美味しさがわからないでいた。
一口飲んだだけで全身真っ赤。
だからといって美味しく感じるわけでもないから飲まなくていい、甘さのあるソフトドリンクがあれば十分だ。
そんなわたしがこの居酒屋をよく利用しているのは、住んでいる場所から近いこと、お酒なんて飲まなくても料理が美味しいこと、そしてなにより経営しているご夫婦がとても好きなこと。
決して付き合いが古いとはいえないわたしにでさえ、同窓会があると事情を話したら快く貸し切らせてくれた。
わたしがお酒が飲めないこともいつからかちゃんと覚えていてくれて、大好きなノンアルコールのキウイカクテルも頼まなくたって出してくれる。
とても居心地のいい居酒屋だ。
そんな大好きな居酒屋がみんなにも好きになってもらえているのがじわじわと感じ始めた頃、お店の入り口の鐘が控えめに鳴った。
「おお!****!おせぇぞ!」
「ごめんごめん、仕事終わらなくて」
当時と変わらない雰囲気漂う彼は、外が相当寒かったのか、鼻の頭を少し赤らめていて。
首に巻いていたマフラーを取りながら空いている席に座った。
スーツ姿なんて成人式以来だ。いや、会うのだって成人式以来なんだけど。
「久しぶり。何がいい?」
「…おう、じゃあとりあえずビール」
だよね、そう笑っておばさんに声をかけると、手に持っていたお通しを手渡され微笑む。
それを彼の前に置いて厨房へと戻ると、まだ来てない子はいるの?と気を使ってもらった。
もう揃いました、そう伝えておじさんの作った唐揚げを持って行こうとすれば、***ちゃんもゆっくり座ってみんなとの時間を楽しみなさい、なんて言われちゃったら苦笑いするしかなかった。
のれんを押してみんなのところへ戻ると、既にできあがっている人が数名。
それらに絡まれている人が数名。これぞThe飲み会だ。
嫌いではないその雰囲気に入っておばさんの用意してくれていたノンアルコールを口にする。
「あれ?***飲んだの?」
顔赤いよ?目の前に座っていた親友に言われて手のひらを頬に寄せる。あ、熱い。
さっきほんの少しだけね!なんて笑って返せば彼女も何もなかったかのように周囲と話し始めた。
トイレ行ってくる、そう告げ再び席をたち、みんなに気付かれないようにお店を出た。
上着も着ずにこの寒空はさすがに厳しかったが、店先の椅子に座って先ほどおじさんに言われた言葉を思い出した。
「ゆっくり座って、かあ。おじさんにはばれてたかな」
「熱のこと?」
自分の独り言に割り込まれた声に驚いて少し肩を震わせると、声の主はくすくす笑ってわたしの隣に腰かけた。
寒くないの?と先ほど見かけたマフラーをわたしの首に巻いてくれたのにはびっくりした。
だって当時の彼はそんな女の子がころっと騙されちゃうような行動とる人じゃなかったから。
「…気づいてたの?」
「うん、まあ、顔見たときに」
すぐじゃん、会ってすぐじゃん。そんな突っ込みも言いかけたが、体のだるさに熱も加わった今、喉の奥に引っ込んだ。
寒いと思っていた外の気温も、彼のマフラーと熱のおかげで今はとても丁度よく感じる。
唯一冷たい指先を両手で擦り合わせながら息を吐いた。真っ白だ。
「なんで無理して来てんだよ」
「…幹事だし…お店借りたおじさんとおばさんに悪いし…」
「気持ちもわかるけどさあ、」
そう言った瞬間、よく冷えたものがおでこに当たって、少し遅れてこれが彼の手だと気付いたときにはその手は離れていた。
ああ、気持ちよかったのに。
「これはアウトじゃね?」
余程熱かったのか、苦笑いで顔を覗きこまれる。
昔から彼に目を合わせられるのは苦手だというのにこの人は。
確信犯かと思うくらい、わたしの心を弄ぶのが上手いんだ。
「最初はほんの少しだるかっただけなの。熱だってついさっきから」
…だと思う。
足された言葉にも苦笑いをされたかと思ったら、すっと椅子から腰を上げお店に戻っていく彼の背を見送って、再びマフラーに口元を埋めた。
人が隣にいないだけでこんなにも風が冷たく刺さるなんて思いもしなかった。
だいぶ冷やした体を確認して、わたしもお店に戻ろうと重い腰をあげると、お店の入り口から再び戻ってきた彼の手にはわたしのバッグと上着。
「帰るぞ、一緒に」
シークレットエモーション
(なんでもお見通しなのは昔も今も変わらない)
気に入って頂けたらclap★
14/12/03 千春