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□赤い線を飛び越えて
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世の中がバレンタイン一色になりはじめた頃。
わたしはひとり、波に乗り遅れていた。
(困った行き詰まった)
買うのか手作りするのか。
いや、それ以前に渡すか渡さないか。
この悩みは毎年のことで、ここ2年は結局渡していない。
中学までは小学校の流れで渡し続けた。
といっても家は目の前だし、おばさんに頼まれるし。
だけど一昨年、高校が離れただけで一切の交流がなくなった。
いつも一緒に帰っていた道もお互い通らない。
それに彼は自転車通学、わたしは電車通学だということもある。
見かけることなんて、部活で帰りの遅い彼を自分の部屋の窓から見かけるくらいだ。
(渡したい…けどきっかけがなあ)
突然会って渡すのも勇気がいるし…
雑誌のバレンタイン特集を読みながらそんなことを考えのんびり歩いていた帰り道。
曲がり角を曲がった瞬間、どんっと人にぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて相手に謝って、ぶつかった拍子に落としてしまったカバンを拾おうとしたら、その前に相手の手がそれに伸びた。
(あ)
その手には見覚えがあった。
昔から女のわたしよりすらりと長い指、それを何度自慢されたか。
音楽好きのおじさんから小さい頃から教わっていたギターを弾く指だ。
今でも時々、部屋にいるとギターの音色が耳に届くときがある。
ああまだ好きで弾いてるんだなあ、とひとりで微笑んでしまうこともしょっちゅう。
自分の伸ばしかけた手を止めてゆっくりと視線を上げれば、やっぱり予想通りの彼がいて。
「おっちょこちょい」
昔と変わらず、減らず口をたたく彼がわたしの鞄を軽々と持ち上げた。
テスト前だから教科書たくさん入ってて重たかったのに。
少し伸びた背、伸びた髪、でも変わらないその指と性格。
すごくすごく不思議な感覚。
わたしは彼の目にどう映っているのだろうか。少しは大人っぽくなっただろうか。
「チョコ、誰かにあげるんだ」
鞄と一緒に落としてしまった雑誌に気付いて、それも拾ってくれようとしたのを慌てて防いだ。
彼の手が触れる直前に自分の胸の中へとしまう。
見られたくない、どうしよう、何て答えよう。
「…あげない、と思う」
わたしは前までどうやって彼と話していたんだろう。
絶対こんな雰囲気じゃなかったはずなのに、口が思うように動いてくれない。
わたしと同じように口元がマフラーに埋まっている彼。
表情もよくわからないこの状況で、今なにをしたら正解なの?
目線を伏せているわたしに彼が、なんであげないの?と言った。
自信がないから、そう答えれば彼の笑う声が聞こえた。
「味なら俺がみてやるよ」
視界に入った彼の指先がズボンのポケットに入っていくのが見えた。
やっぱり綺麗だった。
赤い線を飛び越えて
(自信がないのは味じゃないけど)
(それでも渡せるならいいか!ってね)
ちょこさんへの捧げ物!
名前変換なしでごめんなさい!
遅くなりましたがバレンタインのお話です
気に入って頂けたらclap★
11/02/20 千春