みじかいの
□トワイライトスロウ
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「…大丈夫?」
唐突に聞こえた頭上からの声に、思わず肩を震わしてしまった。
懐かしい、昔から心地いい声。
声の主が誰かなんてとっくにわかっているのに、なにも知らないふりをしてゆっくりと伏せていた顔をあげた。
「久しぶりだね。」
わたしのこと覚えてる?なんて、不安げな表情で首を傾げる。
忘れるわけ、ない。俺の初恋だ。
「店前で座っちゃって…酔ってる?具合悪いの?」
友人と呑んでいた居酒屋。
その店先に並べられた椅子に、呑みすぎた体を休ませるために座っていた。
その俺の視線に合わせるかのように彼女がしゃがむ。
こんなに近づいたこと、今まであっただろうか。
何も言わない俺を不思議そうに見つめていた、その背後から見知らぬ人影。
「***さん、どうかしたんですか?」
スーツ姿の背の高い男。
こいつは誰なのか。
正確には、彼女を親しげに名前で呼ぶこいつは彼女の何なのか。
きっと相手も自分と同じことを考えている、と感じるのにそう時間はかからなかった。
「お知り合い…ですか?」
みんな待ってますよ。
そう付け加えた男自身が一番彼女を待っているんだろう。
俺に向かう視線がやたらと多い。
「ごめん、ちょっとコンビニ行ってから戻るよ」
男に簡単にそう伝えて店内に戻してから、彼女は俺の前を素通りして歩いて行った。
男は納得のいかない表情をしていた。
きっと俺もそんな顔をしているはずだ。
結局、一言も会話できなかったのだから。
俺の中で嵐のように去って行った彼女が戻ってきたのは、ほんの数分後。
少し息を切らした彼女が俺の前に再びしゃがみ、コンビニで買って来たであろうペットボトルの水を目の前に差し出した。
「近くに自販機なくて」
コンビニが近くにあってよかったよ。
そう笑顔で言う彼女に、俺は二度目の恋をした。
トワイライトスロウ
(ありがとう、)
(そう伝えるのが精一杯だったなんて情けない)
気に入って頂けたらclap
お題配布元:金星
13/05/25 千春