ちゃいるど!!

□月日と彼女
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静かな空間で本を読む俺に他の奴も静かな奴ばかりだから読書がはかどる。本に熱中していると、見知った気配が入ってきた。


「終わったのか。」

「あのさぁ…盗むならもう少し愛でてくれない?最近俺、こういう仕事ばっかりなんだけど。」

「興味が失せたんだから仕方ないだろう。」

「なら何でわざわざ盗んだ近くの所に売るわけ。」


ハアとわざとらしく溜め息をつくシャルに笑みを浮かべれば睨まれた。そして続いてシズクが入ってくる。


「そういえば、美術館に沢山の人が集まってましたよ。」

「そうか。」

「………。やっぱり似てますね。」

「?何がだ。」

「なんかシズクが美術館の前で会った人が団長に似てたみたいだよ。」

「ほぅ…。なかなか面白い体験をしたな。」


よく忘れるシズクが忘れないという事は、結構な確率で似ていたのだろう。どう似ていたのかはわからないが、自分に似たものを持っているのはあいつ以来久しぶりだ。


「そういえば、気になってたんんだけど、何で今回殺さない人が居たの?」

「…気まぐれだよ。」

「フェイタンとフィンクスとウボォーまで?」

「ただ殺すに値しなかただけね。……悪いか。」

「ううん、別に。珍しいって思っただけ。」


不機嫌そうに言うフェイタンにシズクは首を振れば、また本に視線を戻す。気まぐれではない。殺せなかっただけだ。あの日に行ったのが間違いだったのだろうか。
ふとよぎった考えを断ち切る為に、本に視線を戻せばちょうどパクとマチが帰ってきた。


「おかえり。…どこか行ってたの?」

「アンタには関係ないだろ。」


おどけるように聞くシャルを睨むマチにパクは苦笑いをする。そしてその後にあの寂しそうな表情。でも直ぐに戻された表情に俺達は気付いていても何も言わない。


「…もう一年経つのね…。」


その言葉に誰も返さない。誰もがわかっていて、誰もが気付かないふりをしている事実。
その事実を最近話したとしたなら、シズクが聞いてきた時だ。確かそれは数ヶ月前だったな。あの時ハメを珍しく外す程酒を浴びて飲んでいた時、嫌という程シャル達があいつの事を話していた。だがシズクが「何で居ないの?」と聞いた時はシャルが苦しそうな表情で「俺達が裏切ったから」と言った。間違っていない。だからこそ誰も非難しなかった。そしてその出来事は一年になる。美術館に行った日がちょうどその日だった。シャルが美術館に行く前に呟いたその言葉のせいで、俺はその日黒髪の女を見たくなかった。
もう一年だ。そろそろ諦めていい時期。だがそんな思いがありながらも、捨てられない本。記憶を消してしまえば楽なのだろうか?それは無理だ。あいつと居た時間は決して長くはないが、濃くはある。それは俺だけではなく俺達だ。

誰もがあいつの名前を禁句のように言わなくなったのは、何時からだろうか。
誰もがあいつの存在を忘れるように、関係する場所や物に近付かなくなったのは、何時からだろうか。

ディオンの居たアジトの奴らはなかなか強かった。そしてわかった事はあいつがここに居て、誰かに連れ出してもらった事と人体実験をされていた事。あまりにもどうでもよく、不愉快な事実だった。隈無く調べでもってそれ以外の事実はなかった。
ならあいつは生きているのか?なら何故探しても見つからない?会いに来ないのは、お前にとって俺達は裏切り者だからか?死んでいるならば、何故何も居なかったようにあの場から消えたのか?
シャルやパクがどんなに調べても手がかりがない。どんなに色々な場所に行っても何も見つからない。
あの頃から俺達はまるでその事に触らぬように誰もがあいつの探すのをやめた、話をしなくなった。

蜘蛛は動いているように見えるが、俺達はあれから何も変わらず止まったままだ。あえて言うなら、シズクが新しく加わっただけだ。あれから誰か入団させる時には必ずシャルに調べさせ、パクに記憶を読んでもらっている。もうあんな事が起きるのは避けたい。

可笑しな話だ。ただの1人の存在に蜘蛛が縛り付けられているなど。だがそれは事実。塗りつぶしても消そうとしても、何度も蘇ってくる記憶。だから俺達は忘れようと、あいつに対しての記憶に触れないようにした。

こんなにも俺達を狂わせるあいつ。きっとシズクもあいつを気に入るだろう。


「シズク…。お前はユナに会ってみたいか?」


あれから初めて、俺からユナの話題を持ちかけた事にアジトに居た奴らは驚いた。避けていた話題だったからな。
シズクはキョトンとした後に考える仕草をする。


「どんな子かは個人的にも興味はありますね。会ってみたいです。」

「そうか。」

「団長にとってその子はどんな存在だったんですか?」



どんな存在?あまり考えた事がなかった。いや、考えようとしなかった。ユナは俺にとって何だったのだろうか。きっとそれはたぶん…


「大切な奴だ。」


大切だったんだろう。だからこの一年、欲しいと思ったものが手に入ってもあまり満足する事がなかったのか。
一番欲しいものはまだ手に入らないままだ。



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