無の書庫

□宣戦布告
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Dホイールの下に入り込んで配線の修理でもしているのだろう、工具を交換したり部品を分解して置いたりする音が静かな室内に響く。
クロウはいつもの仕事に、ジャックは…よく分からないが外に出掛けてしまった。
朝食の片付けも洗濯も二人で終わらせてしまったから何もすることが無くなって、遊星がDホイールの整備をしているのをこうしてずっと見つめていた。
あまり表情の変化を見せない遊星だけどこれだけは時を忘れるくらい夢中になって、熱い瞳を向けながら黙々と作業を続ける。
まるで俺の存在など忘れてしまったかの様に。
そうやってDホイールに夢中になっている姿は可愛いなとか思ってしまうのだけど、そのあまりの熱の入れように時々嫉妬してしまうこともあり、今は少し後者の感情の方が強かった。
ここでクロウやアキがいてくれれば他愛ない話をして、そんな気も紛らわせることができたのだけど。
今は二人きり。
厳密に言えば遊星はDホイールしか見えてないからまるで一人ぼっちの様な感覚に陥ってしまって。
それでも作業を邪魔したくないからつまらないなぁという顔を隠さずその姿を見つめていた。
やっと下から出てきた遊星の顔は所々黒く汚れていて、オイルを触った手で汗でも拭ったのだろう、それでもその瞳はキラキラ輝いていたからまるで泥んこ遊びに夢中になった子供の様に見えてきて笑ってしまった。
今度は側面の配線を点検するらしい。
床に膝を付きながらしゃがんで、丁寧にカバーを外すと細かい線が詰まっているのが遠目に見えた。
名前が分からない工具を手に持って、慣れた手つきで作業を続ける遊星の背中に、なんだか無性に抱き着きたくなった。
寂しいと感じていたのもあったが多分、一つのものに夢中になっているその姿に心がぐらりと揺さぶられたのだ。
Dホイールはそんなに簡単な構造ではない。
慣れた作業でも繊細なそこを傷付けぬ様集中しているのだろう、首筋から一つ汗が流れた。
黒いシャツに染み込んで、より一層色を深くしながら滲む。
勿体ないな。
シャツに吸わせてしまうなんて。

そこの作業を終えた遊星が先程外したカバーに手を伸ばした瞬間俺も座っていたソファから立ち上がって、Dホイールにひざまづく体を後ろから抱きしめていた。

「…っ、十代さん?」

汚れてしまいますよ、なんて、抱き着いてきたことに少しは驚いたけれど直ぐに冷静になって俺の服の心配をする遊星は少しズレていると思う。
というか、もう少し慌てろっつーの。

「いいかげん構えよな」

まるで子供みたいな事を口にして、その恥ずかしさを隠すように汗が滲む首筋をべろりと舐めた。
そこでようやく遊星の体が反応する。

「しょっぱい」

「汗かいてますから…汚いですよ」

困った様に眉を寄せて戸惑う遊星の姿をもっと見たくて、今度は首の付け根に緩く歯を立てた。
あぁ、そういえば昔こんな風に血を吸うヴァンパイアの映画を見た事がある。
俺の歯は肌を突き刺しはしないし、舌を濡らすのは赤い血ではなく透明でしょっぱい汗だけれど。

「そんな風にされたら……」

頬に手が添えられたと思ったら視界がぐるりと回っていつの間にか冷たい床に背がついていた。
ガランと音を立てながら、遊星の手がさっきまで握っていた銀色の工具を遠くに追いやる。

「幾ら俺でも、我慢出来ません」

Dホイールを見つめる時よりもよっぽど熱い情欲の炎をその瞳に宿しながら呟かれて。

「我慢なんて、しなくていいんだぜ?」

誘ってんだから。
どこまでも俺の許可を得ようとする従順な遊星の雄をけしかけるように、淫猥な笑みを浮かべてその少し膨らんでいる股間をするりと撫でると、遊星の唇が性急に俺の酸素を奪っていって。

不意に視界に入ったDホイールに、遊星は渡さねぇからと宣戦布告をしてやった。







end


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