無の書庫

□その熱さは拡散する
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雪や氷、触れて体温を奪うあの冷たさが好きだった。
在る物全てに作用する圧倒的な存在感。
散らかる様に燃えさかる炎なんかより余程静かで美しい。

だから、その冷たさに染まった指先の動きが鈍くなるというマイナス的事実があまり好きではなかった。
暖かい方が動く人体の構造それ自体が信じられなくて、こうして冷たい指先を握りしめられ温もりを与えられる行為は総じて嫌悪の対象になる筈だった。

なのに、

「俺の手、真冬でもあったかいからさ」

そう言ってあどけなく笑うその手を振り解こうとする訳でもなく、指先をじんと痺れさせる鬱陶しい熱さを手放したくないなどと思い、自ら指を絡めてしまっている事実は、どうやって受け入れればいい。

「涼野の手って真っ白になるくらい冷たくなるのな」

大変だ。
白い息を吐きながらまた笑って。
漏らすことなく温めようとしてくれているらしいその手は冷えた場所を探しつつ少しずつ移動する。

熱いのは、苦手だ。
夏という季節に充てられるのならまだしも、世界が冷たい中で自分だけが熱い状態でいるなんて気持ちが悪い。
そう思っていたのに何故今、こんなにもこの熱さに心地良さを覚えているのか。

「少しはあったまってきたか?」

ぎゅっと握りしめられた手を見つめていた視線にオレンジ色のバンダナが映り込んで、首を傾げながら様子を窺われる。
熱さはついに指先を覆い、愛しき冷たさを追い出してしまっていた。

「もう、大丈夫だ」

「そっか」

良かった、と離れた熱さに切なさを感じて、幾分動かしやすくなった両手を、与えられた熱が霧散しないように絡めた。
重なった指先が熱い。
まるで自分の手では無いみたいに。
そして何故か、冷たい外気に晒されていた筈の頬までもその熱さが移っており、気付けば心までもが熱くなった様に思えた。




円堂の熱さは、拡散するらしい。







end


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