紅の書庫
□曇りのち
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「兄さんが他人にそこまで感じたのは、初めてなんじゃない?」
昔から他人に心を許しているようで全く許していなかったから。
紅茶をティーカップに注ぎ、吹雪の目の前に差し出して、明日香も席へと腰を落ち着かせた。
突然部屋を訪れてきた兄に何事かと思って驚いて招き入れたら、
何のことは無い
「いやー、十代君って本当に面白いよねぇ」
と、只の世間話をしにきただけだった。
十代君みたいな子が明日香のお婿さんになってくれたら僕も安心だよ。
なんて冗談ばかりを仄めかし、最初は全く意図が掴めずに、いい加減追い出してしまおうかとも思ったのだが、
あまりにも楽しそうに十代の事ばかりを話すから、
あの兄がここまで気に入っているなんて珍しいと思い冒頭の台詞を漏らしたわけだ。
「そう?僕はいつでもオープンマイハートだよ?」
心外だなぁ、とふざけた様子で語る。
「付き合って3日と持たない人が心を開いているなんてよく言えるわね?」
「・・・明日香、ちょっと厳しい突っ込み。」
実際そうだったのだからそれ以外に言いようが無い。
幼い頃から兄は、性格は置いといて顔立ちは良かったので異性からひっきりなしに告白をされていた。
そして、告白をしてきた子への返事は必ずと言って良いほどイエスで、彼女というものが途絶えたことは無かった。
そう、それは今でさえ。
「・・・今回の子は2日だったそうね。」
「うわお、女の子の情報網は相変わらず早い。」
「それでまた今日、違う子に告白をされた。」
「・・・ほんと、どっから入るの?それ。」
お調子者を気取っていた吹雪の顔が少し曇る。
誰だって自分から話していない事を暴かれるのは不快だ。
そんなことは分かっている、けれど、明日香には聞いておきたいことがあった。
「何故、今回は断ったの?」
「・・・・・・・・。」
そう、幼い頃からイエスしか言ってこなかった兄が初めて、NOと言ったという信じられない話を耳にしたのだ。
相手に心を開けないから、相手を思っていないからこそ付き合うことが出来て、すぐに別れてしまう。
そんな図を繰り返していた兄が、突然。
何が起こったというのか。
吹雪は口を閉ざしてしまった。
ちくちくとして重い。
そんな嫌な雰囲気であったが、明日香の疑問を追及する心は止まらない。