紫の書庫

□春の眠りは陽を見ることなく
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それはアイスが溶ける様に。

歯を立てることでようやく含める程の固さだったそれが、温い外気に触れ輪郭から柔らかくなって、濃厚な液体へと変化し重力のまま流れ落ちる。
大人しく捕まったままの一回り小さいこの手がそれによく汚されているのを思い出しながら、拭っても拭っても滴るどうしようもなさと同等のそれに耐えきれなくなって、横にあった体を抱き寄せた。

「ねむい」

別に徹夜をしていた訳でもなく、最近は健康優良児が布団に入るような時間に寝ていた筈だったのに、じわじわと液体化しそうな程強いこの眠気はどうしたことか。
一年も前のLマガをどこからか引っ張り出してきて読んでいたバンの肩に、うつらうつらとする意識を振り払うように頭を乗せたが、狭いそこはそれなりに心地がよくて失敗した。
もう、動きたくない。

「眠いんなら、寝なよ。夜になったら起こすから」

枕にすがり付くように、抱いていた体をより強く引き寄せると、緩くだが離れようと動くのが分かって、それが何だかすごくムカついた。

「帰るつもりか?」

「帰らないよ。起こすって言っただろ?本当に眠そうだから、ベッドに入ってもらおうと思っただけ。ほら、仙道」

動いて、と言われているのは分かったが、自分はもうここから一歩も動くつもりはないし、体制を変えるつもりも毛頭無かった。

「このままでいい」

「よくないよ!こんな格好で寝たらもっと疲れちゃうよ!」

「うるさい……大人しくしろ」

もういいからこのまま寝かせろ、という意を込めて、強い眠気に重くなっている頭を少し上げて、目の前の首筋に噛み付いた。

「うわっ!」

「俺はこのまま寝る。お前はここにいろ」

「俺、抱き枕じゃない……っ、仙道、くすぐったいよ」

唇をつけたまま喋るとぴくりと反応する体が面白かったが、生憎今は眠気が勝っているため、からかうことはしない。
が、体重を預けたまま、自分の体のどこにも無理することなく、噛める位置にそれがあるので、少し歯を立てたり、舐めたり、吸ったりすることは続けた。

「っ、もう、仙道!いいかげん寝るなら寝る!」

「あぁ」

一通り感触や味を楽しんで満足したので、下半身など既に床に吸われて消失しているのではと思う程半端ない眠気に身を委ねることにした。

「……おやすみ、仙道」

「…おやすみ、バン」

頭を軽くポンポンと撫でられて、子供扱いするなと言ってやりたかったがその前に瞼がストンと落ちて、ぎりぎりだった意識も既に微睡みの中へ突入していた。







end


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