紫の書庫

□さくらさく
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「うーん…やっぱり、花散っちゃってるね。葉桜っていうんだっけ?こういうの」

放課後に待ち伏せされていたと思ったら有無を言わさず連れ出され、人通りの少ない桜並木を何故か歩かされている。
散ってしまった桜に想いを馳せるバンを待ちながら、まぁ確かに桜っていうよりただの木だな、なんて、ここに居る理由は全く無いのに、素直にこの場を鑑賞してしまっている辺り、なんだかんだでこいつに甘い自分に気付く。
勿論、他人に気付かせる様な露骨なことはしないが。

「あぁ。…満開の桜が見たかったなら先週来るべきだったな。開花予想も確かそのぐらいだっただろ」

「なんだ、仙道、ちゃんと知ってたんだ…」

「桜に興味は無いが、天気予報は見るからな」

ふうん、と上を眺めながら、ようやくゆっくりと歩き始めたバンを前にして、背中を追うように歩く。

「仙道は桜、あんま好きじゃないんだね」

足元の石を小さく転がしながら、まるで拗ねた様な物言いに分かりやすいと声を押さえて笑いつつ、気づいていない振りをしてそうだな、好きじゃないと返す。

「………そっか」

蹴る場所がずれて、道路に飛び出してしまった石を見送った後、バンの歩く速度はどんどんと早くなっていった。
何故か、という理由は分かっている。
自分が冷たい返答をしたからだ。
バンの方は、自分と一緒に桜を見たかっただけだと言うのに。
ピークなどとっくに過ぎていることを知りながら、もしかしたらその前から誘おうとしてタイミングを逃していたのかもしれないと考えると、口角が上がってしまう。
もうすぐ全部散ってしまうからという理由に背中を押されて、ようやくこうして連れ出せたとしたら。

バンは自分をよく分かっていると思う。
人込みは好きじゃないこと。
皆がやるような事はしたくないこと。
花を見るためだけに時間を取るなんてことしないと、分かっていたから花見をしたいとは言わずに黙ってここへ連れてきたんだろう。
このまま真っ直ぐ歩けば模型店に着く。
もし俺が花に興味を持たなくても、それを理由にすれば帰らないことを知っている。


俺を理解しすぎていて、自分の事を我慢する。
そして、それを一言も自分からは言わない。

なんて馬鹿なんだ。


「バン」

「わっ」

大股で歩いていたバンを悠々と追い越し、目の前に立ちふさがる。
見上げてきた顔は思った通り少し悲しげで。
しまった、という顔をして伏せるけれどもう遅い。
それでもまだ欲求を訴えないバンは、相当な馬鹿なのか、それとも。

「手を出せ」

「…え?」

左手を掴み無理矢理開かせて、ついさっき作ったものを渡してやる。
バンの手の上にころりと転がしたそれは、歩きながらCCMで調べて作った桜結び。
昼に食べた菓子パンの紐を桜の花形に結んだものだ。
随分安っぽく、行き当たりばったりで出来上がったものだったが、それぐらいしか今の自分が出来ることはなかった。

「………桜だ……」

「本物がもうほとんど無いからねぇ……今日はそれでよしとしときな」

「仙道が作ってくれたの?」

「ちょうど、使える紐があったからね」

春のなんとかと銘打って売店で売っていたパンについていたそれは、タイミングよく桜の色合いをしていて、使うにはぴったりだった。
それで満足しろとは思わないが、少しは気を散らせただろうかと様子を伺うと突然飛び付かれた。
不意打ちだったので思いの外内臓に来て、咳き込みながらおまえ…と文句を言うと、有無を言わせない強さで抱き締められる。

「……ありがとう………ありがとう、仙道っ」

服に顔を押し付けているため声はくぐもっていたが、心から喜んでいることは表情を見なくても分かった。
どういたしまして、なんて言うのは自分には合わない事を分かっているので、一回ぽんと頭に手を置く。
それだけでお前はわかるんだろう。
俺自身理解していない、この手の中にある意味を。




「仙道、帰りにコンビニで団子買おう!俺んちで花見する!」

「花もないのにどうやって」

「花ならあるよ!ここに!」

満面の笑みで、恥ずかしげもなくそんな事を言いやがるもんだから。

「…あれ、仙道、顔あか……桜色だよ!」

「うるさい。そんなところで無理に桜を使うな」

こいつには敵わない、と思ってしまう時があるのは、少し悔しいがしょうがないとも思うのだ。






end


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