黄の書庫

□本能の恋
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10代の内に芽生える恋心の多くは思い込みである。
好きだという感情を認めてからその人を一途に想い続ける自身の姿に酔いしれ、一方的に募らせていく恋心が叶うか叶わないかの瀬戸際にある自分をドラマのワンシーンの様に思い描いて切なくなる。
切なさを感じることでまた、本人は相手をこれ程までに好きと錯覚し、想いを募らせていくのだ。


人の心理を事細かに分析したという本に書いてあった一部分。
著者が誰だったかなんてもの覚えてないし、読んだだけであまり感慨も無かった筈なのに、底から沸き上がるようにして今思い出した。

断定的に説明されたそれは確かに間違ってはいないのだろう。
悲しみを紛らわせる為の強がりからかもしれないが、恋に恋をしていたんだと自らを語る人々は吹雪の周りにも多くいた。

それでも、それが全て当て嵌まるとは思えない。

吹雪は今、恋をしている。
哲学者が述べる恋の形とは違う状態で。

腕の中に居る少年を抱きしめて感じる少し高めの体温。
脳が認めるよりも早く、体が安堵した。
自分とは違う体温と、現在進行形で感じる体の拍動。脈を打ち血液を循環させ続けている生の証。
その仕組みを覆う皮膚から、少し分厚い布にさえも遮られることはなく腕に温もりを与え体全体に安堵という観念が齎される。
齎された安堵は信号となり脳にまで届いて、その脳は腕の中に居る存在に恋情を抱いているという事実をより深く反射させた。

この恋情は理性で人を慕い切なくなるなんて可愛らしいものではなく、お腹から出て来たばかりの赤ん坊が誰に教わるでもなく酸素を吸い込むため呼吸をし始めるのと同様に、初めから備わっていた吹雪だけの本能だった。

触れた途端にかちりと重なったピース。
足りなかった何かが補われていくようにそれは満ち、呼吸をすることに疑問を覚えたことが無い様に、吹雪は同じ性を持つ十代に惹かれている事を必然だと感じた。
出会う為に生まれてきたとか、運命だとか、そういう陳腐な言葉で飾るつもりは毛頭無かったけれど、好きだと認める前に体が、本能が求めていたのは事実。

それでもこの恋を、あの分厚かった本の著者は思い込みだと唱えるのだろうか。恋に恋をしているのだと注意を促すのだろうか。

例えそう人に言われたとしても、決して認めはしないけれど。

体が反応したから好きだと気付いた。
吹雪にとって初めての本気の恋だった。











end

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