通りゃんせ夜話 〜創作戦国〜
□とおりゃんせ夜話 14
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喉が疼いたので、枕辺に置いた盆から湯呑を取った。
湯呑を持ち上げたと思ったその時、そのまま手から滑り落しそうになった。
近頃、手先の感覚がなくなってきていた。
今日は灯りをつけている。
湯呑を落とせば、玲殿は驚き、気を遣い、案じるだろう。
だからせめてこの女人の前では、そんな失態だけは曝すまい。
そう考えていた筈なのに。
――細い声は、いとも簡単に私の底をえぐってゆく。
玲殿の声はいつになく不安定で頼りなく、水底の揺らぎのようだった。
その揺らぎが語るものが、そちらのことかこちらのことか、徐々に境を失っていく。
当人にもわかっていないのかもしれない。
私にもわからない。
だが、その不確かな爪先を、しかと掴んでやりたくなった。
掴んでしまいたい、の誤りかもしれない。
些末な差異は如何でも良かった。
「そんな風に、呪ったことはありますか」
そしてついに、陽炎のような揺らめきがそう尋ねる。
針の先のような小さな光明が、暗闇に穿たれたような気がした。
貴女は、呪ったことがあるのか。
それとも今、揺らぎ惑うその最中なのか。
…私の揺らぎを知った貴女が、どんな応えを返すのか。
その奥底を確かめてみたいと、肚の内で焼け付くように叫んだ。
「ああ――あるぞ」
喉の奥でかすかに血のような味がした。
通りゃんせ夜話 14